4.自然音日記      25号〜30号

会報30号 宮本武蔵のような「気」の⋯

《宮本武蔵のような「気」の⋯

もう7年くらい前の出来事です。会報でもお知らせしたので、覚えておられる方もいるかも知れません。

それは早春、富士吉田側から入った富士山麓の富士桜で有名な割合平らな地点で録音を試みた時の事です。

そこは明治時代頃、富士桜の名所で、今は想像もできないほど朽ちてしまっている小屋に、芸者まで居たという話しです。その富士桜は乱獲されて、今は復活を目指して柵で囲われています。その柵の奥に録音機をしかけて夜明けを待った。録音機から50メートルくらいしか離れていないため、踏み音が入ってしまうので、柵に肘をかけてジッとしていた。

空が白んで、次第に赤くなり、太陽が顔を出して、広葉樹林を照らし出した。

同じ姿勢を30分も続けているのでさすがに体が痛くなった。

音を立てないようにと静かに体を動かしたその時、私の体の真横1〜2メートルの所で「バサ」と凄まじい音がして腰を抜かさん程驚いた。「何事か!」、と振り返ると2頭のメス鹿が、これまた凄まじい勢いで逃げて行った。

ボーっとしていた私に気づかず、私の真横に来てしまったものと思われる。私は、ただ夜明けの美しさに見とれていただけなのだが、今考えると一切「気」を発していなかったのではないか。でなければ臆病な鹿が私の真横にくるはずもない。

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前回の会報で洞窟の探検秘話を書きましたが、その続きの話しになります。洞窟の録音も一応終了し、久しぶりにパワースポットの一つ〈富士の森と聖祠〉の録音をした1700メートル付近の新屋山神社の奥宮へ行ってみた。小さな祠が原生林に囲まれ、富士が目の前にそびえている。

この付近で鳥の録音が出来たのは十数回通ったたまものであった。この日も録音ができるとは思わないまま出掛けてみた。

 神社にお参りをして、この神社の近くにある小さい火口の一つに行ってみた。(写真の地)ここもたった一度だけ素晴らしい録音ができた場所だ。

「気」も素晴らしいので自分の浄化にと思って原生林の中へ入っていった。

ここは馴れないと長時間居られないほど寒い。

突然微かな音ではあるが「ドドドド」と地響きのような音が微かに聴こえた。録音では何回も聴いていたが、「気」が発する音だ。生で聴くのは初めての経験。千載一遇のチャンスと、鳥はいないが、慌てて録音機をセットした。

自分の雑音が入ってしまうために、手前の尾根に避難。待つ間木の根っ子にでも座ってと思ったが、根が腐ってなくなっていたので、腰をおろせるだけの小さな草地に座った。

雄大な富士を眺めながら冥想の真似事をしていた。

 

前回の会報で洞窟の探検秘話を書きましたが、その続きの話しになります。

洞窟の録音も一応終了し、久しぶりにパワースポットの一つ〈富士の森と聖祠〉の録音をした1700メートル付近の新屋山神社の奥宮へ行ってみることにした。そこは小さな祠が原生林に囲まれ、富士が目の前にそびえている。

この付近で鳥の録音が出来たのは十数回通ったたまものであった。この日も録音ができるとは思わないまま出掛けてみた。

 

 神社にお参りをして、この神社の近くにある小さい火口の一つに行ってみることにした。(写真の地)ここもたった一度だけ録音ができた場所だ。

「気」も素晴らしいので自分の浄化にと思って原生林の中へ入っていった。

ここは馴れないと長時間居られないほど寒い。

火口の丘に立った時、微かな音ではあるが突然「ドドドド」と地響きのような音が微かに聴こえた。

「気」が発する音だ。生で聴くのは初めての経験。

千載一遇のチャンスと、鳥はいないが、慌てて録音機をセットした。

自分の雑音が入ってしまうために、手前の尾根に避難。

腰をおろせるだけの小さな草地に座った。

雄大な富士を眺めながら冥想の真似事をしていた。

 

10分か20分くらい経ったのだろうか。突然頭の後ろの方からパタパタパタパタと羽音が近づいてきた。

カブトムシのような大きな虫が飛んで来るのかと思った瞬間、頭の右後ろの髪の毛に止まった。慌てて頭を振った。

その虫とおぼしき物体は、Ⅰメールくらい横にある木に飛び移って、盛んに首を捻りながらこちらを見ていた。

5〜6秒後、飛び去ってしまった。虫と思ったその正体は何と鳥だった。

 

先方も驚いただろうけど、私も驚いた。特にそれが野鳥だったとは!

こんな事があるのだろうか!

ここの録音は《パワースポットの音》〈富士の森と聖祠〉

・・・・・・

宮本武蔵の小説にこのような事が書いてあった事を思い出しました。

殺気だらけで荒れ狂っていた宮本武蔵を住職が見かねて、寺の一室に幽閉。そこで武蔵は3年もの間本を読みあさって一つの開眼をする。

庭に出て刀を抜いて天にかざしながら冥想をする。いつしかその刀に鳥が留まるようになる。

そのような内容だと思いましたが、そんな事が実際にあるのかとても疑問に思ってしました。しかし実際に体験できた事によって納得できました。

会報29号 富士風穴内で録音?      2018.夏号

富士山と富士周辺には年間50回以上入っているのに十年来、狙って録れない枯れ葉が舞う音の録音。寒い思いをしながら「今年もまたダメ」と⋯。「もしかすると青木ヶ原樹海だったらまだ枯れ葉が舞わず残っているかも」、とかすかな期待をかけて、10年くらい前に訪れた事がある風穴群(溶岩のガスが抜けた洞窟)付近に行ってみた。しかし残念ながら全て木の葉は落ちていた。折角来たので久しぶりに風穴でも見ようかと原生林の中に入って行った。

当時看板もなかった獣道のような登山道だったが現在、車の通行は遮断されているが、林道が通っていた。山道とは違って10分ほどで到着。

風穴の外側でガイドが何やらカップルに説明をしていた。

挨拶を交わして二言三言。そのガイドから重要な情報をもらった。「今、富士洞穴の中に入ってきたんです。150メートルくらい入れるけど、水滴が落ちる音と水の流れの音が綺麗でしたよ」と。

 

「もしかすると冬には氷筍ができますか」と聞いてみると「5月までくらいだったら見られるよ」という貴重な情報を得た。「しめた!」。「もう冬山に登る苦労をしなくてよい」。

その日から洞窟に入る算段を始め、アイゼンを手に入れ、10日後早速その水音の確かめと翌春の氷筍録音の下見に洞窟へ出掛けた。

ところが洞窟内はどうなっているかわからない。真っ暗な洞窟だけは苦手なのだ。

その洞窟内に入る前に観光で有名な鳴沢風穴、富岳氷結、コウモリ穴に行って洞窟内部の予備知識を入れようと行ってみた所、天井が低くしゃがみ歩きをしなければならない所もあり、運動不足の私の心臓がバクバク。おまけに結構入り組んでいる所もある。

電灯もついて整備されている風穴や氷結ですら、今の私には結構キツイものがあった。「これは一人で入るのはまずい」、とさらに怖じ気づいてしまった。

しかし録音はしたい。誰か一緒に行ってくれる人はいないものかと考えるが、思い当たらない。

 

いったいガイドはいくらかかるのかとインターネットで調べてみると五千円強だ。「それなら人を探すより余程早いし確実だ」。と早速ツアーの営業所に飛び込みで行った。

装備を全部借りて、ガイドと一緒に入って行った。

12月というのに既にあちこちにツララが下がっている。穴の先端に行くと一面氷りが張り詰めていた。氷の厚さは12メートルもあると言う。

滴の落ちる音を確かめて帰路に。入り口に戻ると「何でこんな所を恐れていたのか」と⋯。

様子さえわかればコッチのもの、早速年末から通い出した。勿論人が来ない夜明け前か、午後4時くらいに入るのだ。

年末から5月まで、毎月幾度となく入って録音をした。勿論ツララから水滴が落ちて氷筍に落ちる水滴の音まで沢山の録音が録れた。

これこそ自然の水琴窟だ。

 

さてこの素晴らしい録音をどうするか迷っている。CDにしても多くの皆さんに買って貰えるのだろうか?

そんな録音が山のように溜まっている。

会報28号   《雨に鳴く鳥》      2017年 年末号

この年は鳥の録音へ行くと雨。それでも仕事の合間をぬって録音に行く。また雨。

そんな中、翌朝の録音のために様子を見に富士山麓のブナ林の原生林へ車を走らせた。

ブナ林はスッポリと霧に包まれて幻想的な雰囲気だった。

車を下りてみると、アチコチからウグイスのさえずりが霧にこだましている。

それは美しい響きだった。

この日は日没も近かったので、明朝に期待して宿舎に戻った。

朝3時半、目覚ましの拷問に重い体を起こし、期待を込めて再びブナ林へ車を走らせた。

高度を増すとともに、霧が雨に変わってきてしまった。

昨日たとえ10分でも録音しておくべきだったと悔いた。

ブナ林に到着したが、極めて体調が悪く、頭痛も酷い。体の震えが止まらない。体は冷えているのに汗ぼったい。

その雨の中でもウグイスは鳴いていたが、水に弱いマイクロフォンなので雨ではどうにもならない。 

「録音はできそうにない天気だ…」。

帰る理由はできた⋯。

「一刻も早く帰って休みたい…」

が、「折角来たのだから…」。

しかし今年はまだ一つの録音も録れていない⋯。

板挟みで悩みに悩んだ。

一方では、持って来ている機材類でどうにか録音ができないものかなどとバカな事を考えてもいた。その時、「そうだ!」と名案が浮かんでしまった。

数枚のタオルがある。それをマイクロフォンのカバーに使えば、直接の雨音も防げるだろうと、車の中にあった雑多なものでマイクロフォンに被せる三角の傘を作れるかもしれない。

ダメなら帰ろうと⋯。

しかし残念ながら出来てしまったのだ。

大きな木の下であればタオルが濡れて、マイクロフォンへ水滴がしたたるまで、30分くらいは録音できるだろうというものだ。

気力を振り絞って山の中へと入って行った。

 

・・・

自然音CD・〜ある山の風景〜《雨に鳴く鳥》
〜ある山の風景〜《雨に鳴く鳥》

それから一ヶ月後の7月初めの頃であったろうか。北八ヶ岳の知り合いの山小屋に行った。以前記事でも紹介した伏流水を録音した翌日、原生林の穴に落ちて難儀した、その時に泊まった小屋だ。(山の風景①/音の風景③

この日も着いたら雨になってしまった。

明朝の録音もできないだろうと久しぶりに会った小屋のオヤジと酒を酌み交わした。

10時頃部屋に戻った。いつもの事ながら、たっぷり水気を含んだ冷え冷えとした布団に入ったが、震えが止まらない。吐き気もする。暖まると今度は蒸し暑い。体温調節がどうにもならない。

寝ては目が覚め、を繰り返していた。雨は相変わらず降っている。不思議な事にこんな雨の中、しかも夜中に鳥が鳴いている。しかし布団から出る気力もない。

11時半頃、再度頭痛で目を覚ました。まだ鳴いている。

「今年の録音は雨の富士山麓しかない」「俺は何のためにここに来たのか⋯」。

気力を振り絞って、小屋の3階へ行った。小屋のトタン屋根の音、小屋の周囲にある空き缶に「ポン、ピン、ビシャ、テンテン」と賑やかである。幼少時代を思い出した。これも一興かと思って雑音もろとも録音することにした。

30メートルもあろうかという木のテッペンでまだ鳴いている。マイクロフォンを仕掛けてから30分も鳴いてくれた。

 

・・・・・

この年は40日間一万キロ走ってたった二つの録音で終わった。

この二つの録音は辛い思い出となって、帰ってからも録音状態を調べたくもなかった。

この録音から三年後の夏、録音を調べていたとき、たまたまこの録音のファイルが目に止まり、聴いてみた。

なかなか雰囲気が良く、他の録音にはない。と言うより今後録れそうにもない録音であることに気づいた。私には辛いが、勇気を持ってCDを制作することにした。

  

ある山の風景No2’「雨に鳴く鳥」が出来上がった。雨音の高周波の強い刺激。脳力開発にはうってつけのCDになっている。

会報27号 《懲りず三度 龍ノ山に⋯》    2017年夏号

自然音日記

裏磐梯の友人から「今年は雪が多い」とお誘いの連絡がきました。

氷筍ができる喜多方市の奥、「龍の山」に三度目の正直と、挑戦をしてきました。

一度目の滑落事故の際に助けてくれた唐橋氏、ブナ屋オーナー木村氏と、もう一人お供の4人での登山です。

今回は最高の天気。サングラスをはずすと、雪と群青色の空のコントラストは素晴らしい。

写真のように正面には7〜8メートルもの巨大なツララが垂れ下がっています。

氷筍も立派に育っていました。

無事録音もでき、今回は何事もなく下山することができました。

良い録音ができたとは言っても、一回目の録音を使ってCD制作〈ある山の風景7《冬の音》は終わっていますので、この録音は “ハイパーリスナー”に使う事にしました。

この前日の早朝、猪苗代湖にまだ白鳥がいるのではないかと、暗いうちから車を走らせました。30分くらい湖畔を走り回った所、まだ旅だっていない数十羽の白鳥の一団が⋯。水鳥の声はリラクゼーションには向きませんが、少ない冬の音としては貴重な音です。カモの群れと一緒に泳いでいます。

この寒さの中で水の中に入っている光景は、寒がりの僕には理解不能。

 

この録音の数日後、白鳥は北に向けて旅立ったと言う事です。本年最後のチャンスだったようです。

 

録音が終わり、木村氏が委託している酒蔵へ。

 

酒が発酵している音の録音に行きました。録音は昼間だった為に雑音が多く、使える所は15分程度でしたが、これも無いと思っていた冬の音。新たな二つコレクションができました。

会報26号 自然音日記とは違いますが⋯  2016年末掲載

実は伝聴研会員でもある女優で大阪芸術大学短期大学部 メディア・芸術学科専任教授の三林京子先生の紹介でシンクロナイズドスイミングの井村コーチから昨年夏、伝聴研に伺いたいという電話がありました。

丁度その日は他の約束があってお会い出来ず、残念に思っていました。

もうチャンスはないだろうと思っていましたが、リオ五輪開催の一ヶ月前、三林京子先生から「明日の午後井村コーチから電話があるから対応してくれ」という電話が入りました。

三林先生曰く、シンクロの大阪の練習しているプールに行ったのよ」「そしたらリズムに乗れてない数人がいてバラバラで、井村コーチに『私に家に来なさい』と自宅まで引っ張ってきて、‘ブレインスイッチBOX’を聴かせたの」「そしたら、エ〜こういう事だったの」「是非使いたい」「でもシンクロには資金がない」

「そんなことを言う人じゃないから心配しないで電話しなさい」

と言うわけで電話をしてきました。

井村コーチは盛んにお金の事を心配されていましたが、兎に角使って頂こうと、まず‘ブレインスイッチBOX’4セットを大阪の練習場に送りました。

合宿地のグァムでは聴覚トレーニングしている暇は一切ない。と言う事で帰国後の連絡を待っていました。 

まもなくオリンピックが始まってしまうという頃に「〜〜日から国立科学スポーツ科学センターに移動して最後の仕上げをします。その時なら時間がありますので、しっかりトレーニングをさせたいと思います」と井村コーチから電話が入りました。

それならスポーツセンターには伝聴研の最強ツールの“ハイパーリスナー”でトレーニングをして頂こう。と4人同時聴けるように機械を改良して持っていきました。でリズム勘を養う事とプレッシャーを受け難くするプログラムを組む内容にしました。

井村コーチが直々に出迎えに出てくれてセットし、練習風景も見せてもらいました。地下に行くと、水の中の様子が見通せて、立ち泳ぎから競技に入る凄い様をじっくり見学できて感激しました。

井村コーチは、テレビで見ている様と全く同じ調子でやっています。

そっと帰ろうと井村コーチに静かに挨拶をすると、選手全員が「ありがとうございました」と返してくれました。

一礼をして帰ってきました。

 

リオまでの飛行機中の合計28時間は何もすることがないので、その間に選手にはしっかりトレーニングをさせますと、‘ブレインスイッチBOX’を2セット、三林先生のセットと共に、持って行ってくれました。

全員がトレーニングをしていれば良いけど、トレーニングをしない人がいるとリズムが狂ってしまう、と言う事が心配でなりませんでした。

シンクロのテレビ放送を全部チェックして、その日は明け方まで生中継を見ていました。

まずデュエットの演技では二人の演技がズレないでうまく行ってくれ、と祈る思いで見ていました。

それは素晴らしいリズム感。ウクライナより中国より演技のリズム感は余裕の感じられる表現力で、決勝では銅メダルになりました。

その瞬間三林先生から携帯電話が来て、私と二人で「凄い!凄い!バンザイバンザイ!」の興奮で電話を30分。この銅メダル一つでも井村コーチの面目は保たれたと、心から喜べた瞬間でした。

その後8人のチームの予選の演技をNHKの放送を待ちましたが、朝の5時まで待っても放送せず。出張先だったもので衛星が入りませんでした。とうとうテクニカルルーティーンを見そこないましたが、3位の情報が入りました。

決勝は朝の3時頃でしたが、8人のその演技の体の使い方は、母音から子音へのリズムが全員しっかり取れていて、それは余裕を感じさせる感動ものの演技を披露しました。動きでは中国を上回っていたと思います。

夜中の3時に三林先生に電話するのはさすがに憚られて、メールをしました。すかさず電話がかかり再び「やったやった!バンザイ!」の応酬。

リズムや演技の大きさは僕が感じた事と同じく中国より、ある部分では上回っていたと言うことは同じ意見でした。二人とも責任を果たせた思いに胸をなで下ろしました。

 

実はこのビジネスに入る前、私の著書 “日本人はクラシック音楽をどう把握するか”の研究の最中、日本人とヨーロッパ人の動きの違いについての科学的証明が取れないために、ビデオレコーダー3台を日夜、回しっ放しで外国人の演奏やダンスなどの演技、オリンピックなどの競技を録画しまくっていました。その比較の中の一つとしてシンクロナイズドスイミングのオリンピックを2回分録溜めてありましたので、その彼女らの動きの違いは良く理解していました。

このシステムが出来て以来、せめて音楽を使う競技だけでも使ってくれたら素晴らしい動きになれるのにと思っていたのです。

 

三林先生には井村コーチから度々電話があって、「今後使って行きたいと感謝をしていてくれた」。との事ですが、私の方へはまったく連絡はありませんでした。

また僕が「浅田真央ちゃんに提供できれば」と、昨年三林先生に話していたことを思い出してくれて、井村コーチに話したそうです。そしたらそっぽを向いていたとの事で、さらに絶対にこのシステムは他の競技者には教えたくないとも話していた、と言っていました。

私は「またか」と思いましたが、やむなし。

でもシンクロが銅メダルでよし、としなければ⋯。

オリンピックが終わって一週間ほど経ったら井村コーチから機材と選手の写真に手紙が添えられて、一人一人のサインが入っていました。(残念ながら選手の写真は掲載できません)

マグカップにも全員のサインがありました。伝聴研の宝になりました12月より東京オリンピックに向けて正式採用になりました。

勿論聴覚システムの最強ツール“ハイパーリスナー”を合宿所に持ち込んでトレーニングをして頂きます。

 

全力を挙げてお手伝いしたいと思います。皆さんも応援よろしくお願い致します。

会報25号  《肋骨2本折った不注意》           2016年夏号

 

 肋骨2本折った不注意

今年の3月、例の如く喜多方市の冬山に登って、もう一度氷筍の音を録ろう。という誘いが年末から来ていた。

運動不足がたたっていたので、「ああ行きたくない」。これは毎年思う事だ。が、2年連続して連れて行ってもらい、お世話になった。

一回目の一昨年、緩んだ雪に足を取られながら登って頂上付近で滑落。昨年は足を雪にもぐらせて捻って全治半年の故障。今回はお酒で清めてから登るという手はずになっていた。しかし、この半年すっかり気力が落ちて何もする気が失せていた。そのためか体調も今一つ。1月に入っても体力作りのトレーニングを全くしてなかった。

運動不足解消のためにも登るべきなのは分かっていたが⋯。

1月になり2月になり、「待っているから」との声をもらう。

断るつもりでいた3月初旬、裏磐梯のペンションのオーナー木村氏から「残念だけど今年は雪が少なくて登れないらしい」

 

 

「それは残念ですね〜」「諦めましょう」と心にもない返事をした。

それが祟ったのか、少し暖かくなった3月半ば、いつもなら裏磐梯に行っている頃だ。

花の手入れをしようとベランダに出た。朝方まで雨が降っていたが、良い天気になっていた。

私が住んでいる4階はベランダに出るたびに梁の部分を越えなければならない。この梁は厚い防水ゴムで被われている。そこは滑り易いので人工芝を敷いてあった。

足下を確認せずに梁の部分に乗った途端、何の前触れもなくツルっと滑った。その滑り方は道端の氷の上を知らずに歩いたのと同じ、受け身を取る余裕もなく仰向けに叩き付けられた。

前日の強風で人工芝が飛ばされ、おまけに雨で濡れていた。そこへゴムのスリッパで乗ったものだから、たまったものではない。

運悪く、右後ろの大型の植木鉢に右脇腹をイヤというほどぶつけてしまった。

「イテーッ!」

しばらく息も困難なほどだった。

 

 

その後は鼻もかめない、咳をすると激痛。クシャミなどは全身に響く。

「肋骨にヒビでも入ったんだろう」。とは思っていた。

会社に出勤すると皆「医者に行った方がいい」と。

それでも行かなかったが「貼り薬だけでも貰ったら、あの貼り薬は大きくていいのよ」という女房の意見を聞き「なるほど」と、しぶしぶ医者に行った。

医者はレントゲンを見るなり、「ああ2本折れていますね」

コルセットと貼り薬をもらって帰えった。全治1ヶ月半。

この時期、冬山に登っても登らなくても怪我をする運命だったと、可笑しくなった。

 

以前、河口湖に録音に行った際、たまには温泉に入ろうと誰も居ない露天風呂の広い洗い場を歩いて居たとき、ツルっと滑って背中から落ちた。後頭部の髪の毛に何かが触った。

起き上がって見てみると、何と風呂の縁石。肝を冷やした。あと一センチ頭が落ちていたら救急車だったろう。

中学生の頃、柔道をやっていたおかげで、とっさに受け身を取ったようで、頭を持ち上げる癖も未だ付いていたようだ。

ベランダの時も脇腹こそぶっつけたが頭を打たなかったのは多分首を前側にしていたんだろう。

 

クワバラ、クワバラ。